異端の渦の中で (十二)   

 異端の渦の中で (十二)    親鸞   253    五木寛之

「念仏すれば悪人も救われるという上人の教えは、やさしい話のようで、
じつはなかなか難しい道かもしれぬ。

遵西どのたちは、そこを逆手にとって、
行き過ぎを承知で世間に悪をすすめ、
他宗と正面衝突することを企てているのだよ。


「本願とは、阿弥陀さまの誓いのことですね。
すべての衆生(しゅじょう)をもれなく救う、ありがたい願いでしょう」


「そうだ。その本願を信じて念仏すれば、あしたが明るく思われる。
世間から賤しまれ、さげすまれようと、
すこしも卑下せずに胸をはって暮らすことができるのだ。


自分は本願にささえられているのだと、
誇りをもって堂々と生きていけるだろう。


そこから一歩あやまれば、本願ぼこりとなる。
本願に甘えて悪にはしる者も、思えば哀れな人たちではないか。
本顔ぼこりの人びとを
ただ考えちがいの異端と切ってすてるだけではすむまい。

本願をたのむ心と、本願をほこる心と、ぎりぎりのところで触れあうのだよ。
わたしとて・・・」
綽空は言葉をきって、恵信の肩を引き寄せた。

  
                      (新聞連載 親鸞 抜粋)