恵信の選択 (七)
「綽空さま、なにもおっしゃいますな」
恵信のあえぐような声をさえぎって、綽空がいった。
「救われる・・・と、わたしは思う」
「なんだと?」「いまなんといった」
「十悪五逆の悪人といえども、
至心に懺悔し、一心に念仏すれば必ず救われる。
これは法然上人が教えられていることだ。
私は師の言葉を信じている。
自分の父を殺し、母を虐げた阿闍世(あじゃせ)でさえも、
釈尊の教化によって仏弟子となったという。
いかなる罪深き悪人といえども、
念仏に帰するとき救われる。
それが阿弥陀仏の仏となりたもうた誓願であるがゆえに」
黒面法師のざらついた笑い声がおこった。
「そなたの妻、恵信とやらは、
妹、鹿野の身代わりとして自分の身をさしだすという。
遊女として人買いに売られると覚悟の上だ。
そこでもう一度たずねるが、綽空、
あくまで法然の選択集はわれらに渡さぬというのだな」
「この二人のかわりに、わたしがそなたたちに身をまかせよう。
殺すなり、下人として売るなり、好きなようになさるがよい」
(新聞小説より抜粋)