綽空から善信へ(三)

綽空から善信へ(三)       親鸞  291      五木寛之

法然上人がいった。
「綽空、選択集(せんちゃくしゅう)の書写をそなたに許す」
「えっ」綽空は一瞬、頭が真っ白になった。


信空はかすかな笑みをうかべて、綽空をはげますようにいった。
「師はかねがね、
自分の生前は選択集を世に出すことはならぬとおっしゃっておられた。
真実の教えを記した極意の書を、
浅い理解で誤って読めば、
どのように悪用されるやもしれぬ危うさをはらんでいる。
よくよくのご信頼がなければ、
読むことも、ましてや写すこともお許しになられなかったのだ。
古い門弟のなかでも、披見、書写を許されたものは少ない」


「お上人さま。
吉水へきてわずか4年しかたっていない綽空に、
なぜそこまで・・・」


「説明する必要があろうかのう、信空」
「いえ、うかがうにはおよびませぬ」
                         (新聞小説 抜粋)