綽空から善信へ(十五) 

綽空から善信へ(十五)    親鸞  303 五木寛之

「これを見てくれ」
と、綽空は床の上にすわって布につつんだ選択集の内題のところを恵信に見せた。
「みずから筆をとって、わたしの名前まで書きそえてくださった」
「なんといううれしいことでしょう」
「きょうはご尊影の写しと、所持まで認めてくださったのだが」
「これは師弟の契りのはじまりではなく、今生の別れのご挨拶ではないのかと・・・」
綽空はため息をついて、ひとり言のように言った。
釈尊は世を去られるにあたって、わが教えを大切にせよ、
そして自分の道を歩め、
とおっしゃられたという。
上人さまは、おなじお気持ちでわたしに選択集をおあたえくださったのではあるまいか」

新聞小説より抜粋)