遠雷の夏(七)

 遠雷の夏(七)        親鸞  311   五木寛之

慈円は良禅に訪ねた。
「善信は、どこで、どのような者たちにそれを語っているのか」


「彼は寺や、市場で人をあつめることもしない。
ただ、ひたすら歩きまわって、さまざまな顔見知りの男女と話をかわすだけです。
そこから話を聞きたいという者たちが家に招いたり、
庭先でしゃべったりして、
たちまち何十人、何百人と話を聞く者たちが増えてきたようです。


そのほとんどが、世間でさげすまれている者たちで、
いわば都の闇にうごめく影のような男や女たちだという。
牛飼いもいる。車借、馬借もいる。
辻芸人、傀儡、行商人、遊び女、盗人、流れ者など、
さまざまな者たちが善信を仲間あつかいしていると聞きました。


善信自身も、汚れた黒衣に、のばし放題の頭という、
まさに野の聖そのものの格好で、
ただぼそぼそと相手の問いに答えているだけだそうです。
すでに何千人もの人びとが善信のことを頼りにしているそうです」


「ふーむ。どんな話をしているのだろう」
「さあ、わかりませぬが、聞いたところでは、
念仏すれば死んだら必ず浄土へいけるか、と聞かれて、
さあ、いったことがないから私にはわからん、と答えたとか」


(新聞小説より抜粋)