法勝寺炎上 (十二)
〈あらすじ〉
綽空は法然が授けた名、善信に改名。
師の教えを進めるべく吉水を離れた。
遵西と黒面法師は、鹿野と善信を人柱に八角九重塔に火を放つ。
だが遵西は鹿野にわが子の妊娠を告白され、
燃える塔から二人と共に脱出した。
法勝寺炎上 (十二) 親鸞 325 五木寛之
遵西は鹿野の体の重さを、これまでになく愛しいものに感じた。
「こういうことになろうとは、思ってもみなかった」
と、遵西は東山への道をたどりながら、独り言のようにつぶやいた。
「さいしょの計画では、そなたと善信の二人を、塔にとじこめておいて火を放つことになっていたのだ。
それが、黒面法師と行空が身代わりになるとはのう」
「善信さまは、自らの計らいどおりにに物事はすすまないものだ、と、
以前からおっしゃっていました。
今夜、あの方が少しも動じておられなかったのは、
他力の計らいに身をまかせるお覚悟が定まっていたからでしょう」
鹿野の細い声が遵西の心に大きくひびいた。
(新聞小説より抜粋)