あなたは 私のための風だったかもしれない


 

  

 ♪ただ命の限り あたしは愛したい
      命の限りに  あなたを愛するの♪


愛の讃歌”を聴いた帰り道に花嫁姿 に出会うとは、
この世はなんと不思議に満ちているのでしょう。


通りかかった見知らぬ人が、
その美しい花嫁姿に特別な思いを抱いたことを、
ご本人は知りません。


・・・・・
花が咲いている
すぐ近くまで虻(あぶ)の姿をした他者が
光りをまとって飛んできている
私も あるとき誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき私のための風だったかもしれない
・・・・・


あの日出会った花嫁さんは、
“光りをまとって飛んできている 虻の姿をした他者”
だったのでしょうか。
“私のための風”だったのでしょうか。


        生命は

                   吉野弘

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ


世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?


花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている


わたしも あるとき
誰かのための虻だったろう


あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない