許しの連鎖

暖かい秋でした。きのうまでは・・・。
たんぽぽはどこにでも黄色い花をつけています。
季節外れのつくしが顔をだし、つつじもひまわりも咲いたんだって。

散歩道 枯葉の中に花一輪


かっこちゃんのメルマガ 第2297号
「宮ぷーこころの架橋ぷろじぇくと」(2015年11月19日)からです。

昨日に引き続いて、ビズさんのブログを抜粋させていただきたいです。

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許しの連鎖 
      “天から見れば”を観て 大石順教尼の生き様 
ビズです。

大阪、最後の晩です。
今日は、大石順教尼の記念館の5周年を記念した、
”天から見れば”の上映会&対談のため、和歌山県九度山まで行って来ました。
ふーちゃんこと、入江富美子監督の撮った、このドキュメンタリーには、
”許しの連鎖”が、描かれています。

少年時代に事故で両手を失った南正文さんを救ったのは、
逆上した養父に両手を切り落とされた大石順教尼でした。

事件の直後、入院先での取り調べで、
”父の罪が軽くなるなら、私はどこにでも行きお話しします。”
と、告げた大石よね(後の順教尼)は、踊り手でした。
一生、養父を恨み続けてもおかしくないところを、即座に許したのです。

お孫さんにあたる大石晶教尼によると、
“次に生まれ変わっても、また手のない私でありたい”
とさえ仰ったそうです。
“手のない生活の苦労にせっかく慣れたのだから、手のある苦労はしたくない”
と。

又、晶教さんが大学入試に落ち、当時は世間体の良くなかった浪人を決意した時には、
“おめでたい事だから、友達を呼びなさい。
生まれて初めて、苦労ができるのだから”
と、お祝いをしてくれたそうです。

一見、良くない出来事が起こると、
“視点を変えなさい”
というのが、彼女の口癖だったようです。
また、”嘆き、悔やまない”という姿勢を、生涯貫いた女性でした。

娘さんも、その又娘である晶教さんも、
あの事件があったからこそ、自分達が存在し得た事や、数々の学びに対して、
感謝の氣持ちを抱かれていました。
3代に渡る、許しの連鎖がそこにありました。

また、大石順教尼と血のつながりがない南正文さんを通して、
その許しの連鎖と、美しい日本画を通して南先生の生き方の素晴らしさを描いた、心に響く素晴らしい作品。
一人でも多くの方にご覧いただきたいです。

悲劇のように見える出来事も、天から見れば、実は、そうではない。

両手を失った事に感謝する順教尼の言葉には、説得力があります。
何度も見た映画ながら、又、このタイミングで観る事になったのにも、
深い意味があるのかなと思います。
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どんなことも、いまの自分にとって大切なことだと知れたら、
毎日をもっと楽におくれるし、
そして、誰かと比べなくてもいいし、恨まなくてもいいし、
しあわせになれるんだとも思いました。
                             かつこ