猫を抱いて

高校に入学して間もない頃、近所の猫が車に轢かれたことがありました。
家の前が県道に面していて、よく事故が起きるのです。

学校から帰ったばかりの郁代は泣き叫んで、だれ彼となく頼み込みました。
「お願いします。誰か病院へ連れて行って!」

間もなく帰ってきた父に、
「お父さん、お願いだから病院へ連れて行って!」

真新しい制服の胸には、バスタオルにくるんだ血だらけの猫が抱きかかえられていました。
内臓が破裂したに違いありません。
誰の目にも「助からないだろう」と思える状況でした。

それでも気が狂わんばかりの郁代の感情に圧倒され、
獣医も「無理でしょう」とはどうしても言えず、「治療」してくれました。

帰宅の遅い飼い主にかわって夜遅くまで介抱していた郁代。
病院で手当した甲斐なく、明けがた近く、猫の命は消えていて・・・。
翌日、郁代は目を真っ赤にして登校したのでした。

私は猫が嫌いでないけれど、大好きというほどでもありません。


あんなに悲しんだ郁代を、それまで私は知りませんでした。
『もの言わぬものたちへのまなざし』私には無いものでした。


私には決してできない行為でした。
私は冷たい人なんだなあと、その時郁代から教えられました。

いまも、あの日と変わらない私がいます。


隣りの猫ちゃん、あなたは亡くなったけれど、最後まで郁ちゃんに愛されて幸せだったね。