犬麻呂と綽空 (八)

犬麻呂と綽空 (八)        親鸞 222   五木寛之

「どうもヤバイことになりそうな気配がします。お気ずきですか」
犬麻呂は声をひそめて、
「念仏一筋、専修念仏、その他の信心や修行は一切無用という法然さまの教えが、
怒りと疑心をひきおこしたとしても、不思議はありません。
法然様は、ちゃんとお山(比叡山)を立てて念仏を説いておられますが、お弟子たちのなかには、過激な説をとなえるかたがたもおられる」
「十悪五逆の悪人さえもすくわれるのなら、なにをしても許される。
どんな悪いことをしても阿弥陀さまが助けてくださるのだから、と、
堂々と悪行をすすめる者たちもでてきました」
「知っている。念仏だけでよいという易行の教えは必ずそのような誤りがつきまとうのだ」
綽空はくちびるをかんでうなずいた。
                       (新聞連載小説)