迫り来る嵐の予感 (五)
迫り来る嵐の予感 (五) 親鸞 232 五木寛之
「妻をもたずば念仏できぬ、と思わば、妻をめとって念仏なされ。
また、独り身のほうが念仏しやすければ、そうされよ。
要は念仏じゃ。
人それぞれに、ありのままに念仏することが大事と心得なされ。
善導大師は、念仏者は三心(さんじん)その他をそなうべし、
とおっしゃられた。
三心とは、至誠心(しじょうしん)、深心(じんしん)、回向発願心(えこうほつがんしん)の三つの心。
これらの心は、なかなか自力では身につかぬ。
しかし、ただ一筋に念仏もうせば、おのずとそなわってくるのではないか。わたしは、そう思う。よろしいかな」
南無阿弥陀仏、若い男の声に誘われるように、念仏の合掌がわきおこった。
〈妻をもたずば念仏できぬ者は、妻をめとれ〉
法然上人の言葉が、綽空の心にこだまのように尾をひいて残った。
(新聞小説より抜粋)