恵信の選択 (六)
「恵信どの!恵信どのはどこだ!」
それは綽空の声だった。
恵信と鹿野は、息をのんで顔を見あわせた。
不意に一人の男がどこからともなくあらわれた。
「三人に、それぞれ縄をかけよ。身動きできないようにな。
綽空、よいか、逆らうとこの女たちが痛い目をみるぞ」
手下の男たちは、慣れた手つきで三人を厳重にしばりあげた。
「さて、綽空」と、黒面法師はいった。
「わたしは多くの男や女たちを殺してきた。
父と母にも刃をむけた。いくつもの寺を焼き、仏像も傷つけた。
いずれ世間で仏の化身とうやまわれているあの上人も殺すつもりだ。
そこでおまえにきこう。
このような十悪五逆のかぎりをつくすわたしでさえも、念仏すれば
救われるのか。どうだ。答えてみろ」
(新聞小説 抜粋)