みんなで食事しよう!

お別れの前日、
明け方、一時呼吸困難になったため、緩和ケア病棟へ緊急入院。


夕方、仕事を終えた家族が集まりました。
緊急入院だったので、一時的に特別室が用意されました。
「広いね!」「ホテルみたいね!」と、
三ツ星レストラン、四ツ星ホテルの話題で盛り上がると、
旅行会社にいたことがある郁代が、
急にいきいきしてきました。


「家族旅行でホテルに泊まっているみたいね」
旅行好きの夫がそういったとき、
郁代が突然言ったのです。
「これからみんなで食事しよう!」


食べ物の摂れない郁代の前で食べられるはずがなく、
家族揃っての食事会は、いつの頃からか途絶えていました。


うどんなら…、おそばなら…、と出掛けても、
「私の分は注文しないでいいよ。お母さんの分を少し食べればいいから」。
四月の頃からそんなふうだったのです。
このころ、
話題が「食べ物」にふれることさえ憚られていました。


お兄ちゃんが、近くの弁当屋から調達してきた豪華メニュー。
押し寿司、いなりずし、サンドイッチ…。
郁代の前で食事をすることは辛いことでしたが、
「やめておこう」とはいいだせませんでした。


心の中で泣きながら、私たち家族はおいしそうに食べました。
「みんなで食事したい」という、
郁代の願いを叶えてあげたいと皆が思っていたからです。


「はじめての病院食、どんな味付けか、わたしも食べてみるわ」
五分がゆ、煮物、煮魚、おつゆ、フルーツ…。
ほんの少しずつ味見をしては、口から出し、
「ここの食事、すごく味付けがいいわ」と郁代がいいました。
賑やかな夕食。


「明日また、みんなで来るよ」と、お兄ちゃんが言うと、
「むりしないで。
わたしのせいで、みんなが病気になったりしたらいやだから」


いつも家族や、周囲への感謝を忘れませんでした。
いのちの極限にいてなお郁代は、
「いまの自分にできる事」をしようとしていました。


わたしにはできないことでした。