必要だから出会う

郁代は、
「自分の人生で出会った人は、ぜんぶ、必要だったから出会ったんだ」
と思っていたようでした。


山元加津子さんの昨日の「宮ぷーメルマガ」、続きです。
 

 赤塚さんはね、こんなふうなメールをくださったんだよ。
「宮ぷーの霊の力が多くの人を救うことになるよ。
 三万人が毎年自殺をする国。
それは魂の戦争だよ。
神様は愛を持って宮ぷーを先生に選ばれた。
命がこの世で終わりなら、死ぬことは、悲しく惨めな話かもしれない。
でも、死んでも死なない永遠の命の中で、
宮ぷーと山もっちゃんがはじめさせられたこと。
神様の強制。
一人の人の希望になることが命が光ること。
大勢の人に伝わるならすごいこと。神様のご計画。
だから、祈ること、信じること、
信じきること、信じおおすこと 神は愛なり」



 私は、赤塚さんがおっしゃることがあまりに大きくて、
たとえば、霊の力が多くの人を救うことになるよということばも、
びっくりしてしまうけど、だけど、
宮ぷーが一生懸命生きている様子を、今、
たくさんの方が読んでくださっていて、
毎日毎日、宮ぷーの様子を気に留めてくださっていることを思ったときに、ああ、宮ぷーは病院の外に出ることもなく今いるわけだけど、
たくさんの方と間違いなくつながれているなあと思う。


 そして、また大ちゃんがいつも言っていたことを思い出すよ。
大ちゃんは、
「人と人はお互いが必要じゃないと出会わないんやで。
出会うということは、お互いが必要だという証拠なんやで」って言ったよ。このぷろじぇくとも、出会いって言っていいのかな。
そうだとしたら、宮ぷーにはもちろん、
みなさんの力や祈ってくださる力が必要だけど、
みなさんも宮ぷーのことを、必要としてくださっているって思ってもいいのかな。それは傲慢かなあ。
宮ぷー、どう思う?どうだろうね。
それは今すぐにわかることじゃないよね。
あとで、ああ、宮ぷーがそうだったなあとか、
宮ぷー日記に書いてあったなあって思ってくださることがいつかあったら、必要だったんだなあっていうこともあるよね。(後略)


山元加津子さんの一言、一言が胸に響いてくるのでした。
郁代は、山元加津子さんにも、大ちゃん(原田大助)にも、
本を読んで出会っていました。


必要だから、出会っていました。