親鸞さまはなつかしい


親鸞聖人作『正像末和讃』の中に、「皇太子聖徳奉讃」があります。


「救世観音大菩薩
聖徳皇と示現して
多多(父のこと)のごとくすてずして
阿摩(母のこと)のごとくにそいたまう」

「和国の教主聖徳皇
広大恩徳謝しがたし
一心に帰命したてまつり
奉讃不退ならしめよ」

親鸞聖人は聖徳太子のことを日本の釈尊とおっしゃているのです。



お寺の「聖徳太子御忌」法要で平野喜之師のお話しをお聞きしました。
「今日は聖徳太子に出会い、
“悲しみの隣にいる親鸞”に出会ってください」


ハンセン病療養所・多磨全生園真宗報恩会に伝わる讃歌
親鸞さまはなつかしい」を紹介され、プリントを配られました。



1 風もないのに  ほろほろと  大地のうえに  かえりゆく
  花をみつめて  涙した  親鸞さまは  なつかしい


2 夜半のあらしに  花はちる  人も無常の 風にちる
  はかない浮世に 涙した  親鸞さまは  なつかしい


3 とうさまかあさま 失のうて  ひとり流転の  さびしさに
  こころのみ親を さがします  親鸞さまは  なつかしい


4 慈悲の涙に  目がさめて  久遠のみ親を ふしおがみ
  ほとけのいのち  たたえます  親鸞さまは  なつかしい


5 闇にさまよう  われらをば  み胸にしつかと いだきしめ
  光にかえれと しめします  親鸞さまは  なつかしい


6 貧しきものの  手をとりて  われもさびしき  凡夫ぞと
  大地のうえに  ひれふした  親鸞さまは  なつかしい


7 嵐いばらじ  踏みこえて  ただ真実の  白道
  歩みつづけし わが父の  親鸞さまは  なつかしい


お話しの一部です。
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 東京にハンセン病療養所の多磨全生園をという施設があります。
多磨全生園には浄土真宗のお寺があり、私も訪問させていただきました。
ハンセン病は末梢神経がマヒしてしまう病気で、
沸騰したお湯に手を入れても熱さを感じない。
皮膚や顔が変形していくので、人々から大変恐れられた病気です。
しかし、今は特効薬で完全に治る病気になりました。
こっそりとですけれども、今は、墓参りに行けるようになりました。
だけど、大手を振っては帰れないんです。
なぜか。人々の偏見があるからです。
あそこの家の者はハンセン病だと知られたら、家族はその土地におれなくなります。
そういう現実が今もあるんです。


 そういう生活を強いられてきた方々が、親鸞聖人のことを慕っておられます。
ハンセン病の方々が
「いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり」
とおっしゃる親鸞聖人が私の宗祖なんだと言われるんです。
踏まれ、けられ、声をあげても見向きもされない仕打ちを受けていた人たちが、
「われらなり」と呼びかけてくださる親鸞聖人の教えを尋ねていこうとされた。
それは親鸞聖人に温もりを感じられたんだろうと思います。
隣に寄り添ってくれる人もなく、誰からも忘れられると、
人間は生きていけません。
親鸞聖人は、いつも悲しみの隣にいて、
暖かさを与えてくださっているんですね。  


 私はこの「親鸞さまは懐かしい」という歌は多磨全生園のの人たちだけでなく、この世を生きている私たちが聞くべき親鸞聖人の声だと思います。
 親鸞聖人は言葉となって今なお生きています。
いろんな悩みを抱えて生きている私たちを導いてくださり、
暖かさを与えてくださっている。
そうしたことを、
大切な方を亡くされた人や、ハンセン病の方に教えられます。
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