でんでんむしの悲しみ


でんでんむしの悲しみ    新美南吉


 一匹のでんでんむしがありました。


 ある日、そのでんでんむしは、たいへんなことに気がつきました。
「わたしは今まで、うっかりしていたけれど、
 わたしの背中の殻の中には、悲しみがいっぱいつまっているではないか。」
 この悲しみは、どうしたらよいでしょう。


 でんでんむしは、お友だちのでんでんむしのところにやっていきました。
「わたしはもう、生きていられません。」
 と、そのでんでんむしは、お友だちに言いました。
「なんですか。」
 と、お友だちのでんでんむしは聞きました。
「わたしは、なんという、不幸せな者でしょう。
 わたしの背中の殻の中には、悲しみが、いっぱい詰まっているのです。」
 と、初めのでんでんむしが、話しました。
 すると、お友だちのでんでんむしは言いました。
「あなたばかりではありません。
 わたしの背中にも、悲しみはいっぱいです。」


 それじゃしかたないと思って、
 初めのでんでんむしは、別のお友だちのところへ行きました。
 すると、そのお友だちも言いました。
「あなたばかりじゃありません。
 わたしの背中にも、悲しみはいっぱいです。」
 そこで、初めのでんでんむしは、また別の、
 お友だちのところへ行きました。


 こうして、お友だちを順々に訪ねて行きましたが、
 どの友だちも、同じことをいうのでありました。
 とうとう、初めのでんでんむしは、気がつきました。
「悲しみは、だれでも持っているのだ。わたしばかりではないのだ。
 わたしは、わたしの悲しみを、こらえて行かなきゃならない。」
 そして、このでんでんむしは、もう、嘆くのをやめたのであります。
・・・・・


このお話は前にも書いたことがあるのですが、
新美南吉、「ごんぎつね」の作者としても有名ですね。


皇后美智子さまは幼少の頃によく聞かされた童話としてこの作品を挙げており、
1998年にインド・ニューデリーで行なわれた国際児童図書評議会の基調講演でも「でんでんむしの悲しみ」を取り上げました。