「ゆうきくんの探していたもの」 1

天草講演会でこの本の紹介をされた小林さんがおっしゃっていましたね。

「かっこちゃんの本のなかでは最も感動します。
かっこちゃんの原点がわかります。
どのエピソードも涙が溢れますから、
タオルを用意してから読み始めてくださいね」 

全部で5章、24のエピソードが記されています。
すべての人に読んでほしい本です。

         ゆうきくんの海        
    
   

かっこちゃんのHPたんぽぽの仲間たちで、「ゆうきくんの海」の元になった
「ゆうきくんの探していたもの」を読むことができます。
4回に分けて読ませていただくことにします。


「ゆうきくんの探していたもの」 1

 ゆうきくんの足取りは前にもまして、しっかりして、速度を速めているようでした。
私はいったいここがどこなのか、学校を出てから何時間たったのか、
時計を見る余裕も、街の名前を確かめる余裕もなくしていました。
前を駆けるようにして歩いていくゆうきくんの姿をただ見失わないようにとそれだけを思っていました。
ゆうきくんの軽やかな足取りに比べて、私の足取りは重く、
他の誰と比べても足が遅くマラソンも苦手な私にとって、
今の状態はもう限界をはるかに越えているような気もしました。

(学校のみんなが心配しているに違いない・・)
わかってはいても、公衆電話に駆け込む間にゆうきくんを見失ってしまうに違いないという思いから、まだ電話もかけれずにいました。
(ゆうきくんはどこに向かって歩き続けているのだろうか?
あてもなく歩いているのだろうか?それとも何かを探しているのだろうか?)
前だけを見て歩き続けているゆうきくんは、もう行き先を決めているようにも見えました。
けれど、ゆうきくんの気持ちを知る方法を知らない私は、
もう何時間も歩き続けているゆうきくんは、ただ歩きたくて歩いているだけのようにも感じました。

 ゆうきくんのお母さんの言葉が、
さっきから頭の中に何度も何度も浮かび上がってきていました。

今年の4月のはじめのことでした。
スクールバスの発車の時間に遅れてしまったり、電話がなく、お母さんがご自分の車でつれてこられることがたびたびあるということで、
主事の先生から、ゆうきのお母さんに
「他のお母さんが待っているのだから、気をつけてほしい」
というお話があったのです。
おかあさんは少しためらわれて、やるせなさそうに、ためいきをつかれた後、
怒りを抑えきれないようなはげしい口調で話し始められました。

「私たちの苦しみなんて誰もわからないのです。
学校の先生にはとてもお世話になっています。
でも学校の先生は学校にいるあいだだけ、それも仕事じゃないですか?
私たちはずっとなんです。
ほっと安心していられるのはこの子が眠っているときだけです。
それだからといって、眠っているからと安心して眠れるわけじゃないのです。
もし私がこの子より後に起きたら、
この子はもう家にはいないかもしれないのです。
いつの頃からかこの子はすぐに外へ走り出すようになりました。
私はそんなとき寝ている赤ん坊の弟をただひっつかむように抱きあげて、
あの子の後を追いました。

追いかけて追いかけて、捕まえようとしても、するりと抜け出してしまいます。
そうなったら、私の追いつかない早さで走っていってしまいます。
だから私はただあの子のあとを追うだけでした。
赤ん坊がおなかをすかせて泣いても、
おむつをずっとかえないままもう、
おしっこもうんちも中でしていると分かっていても、
それでおむつかぶれがひどくなっていっていることが分かっていても、
おむつを替えたりミルクをあげることなんてできないのです。

泣き叫ぶ赤ん坊を抱いていると周りの人が私のことを鬼とでもいうように見ます。
そんなことなんて気になんてしてられないのです。
下の子は運命なんだからしかたがないのよと思わせてきたのです。
下の子が一歳半になったとき、荒れ狂う海にゆうきが入っていったことがありました。
下の子は1歳半、言い聞かせても分かるはずがないのに、
ここにいなさい、すぐ戻るから追いかけてきてはだめといいきかせて、
弟を浜辺に置き、ゆうきを追いました。

ご存じでしょうけどまだ1歳半と言えば、親といつもくっついていなければ安心できない年頃です。
かといって、下の子をつれて海にいくことなどできるはずもなく、
けれど追いかけなければゆうきが死んでしまうから、
私を追おうとする下の子を、
たった1歳と半のその子のほおをひっぱたいてついてくるなと叱りつけ、
泣き叫ぶ子を岸においてゆうきを追いました。

それまでだって、いっそ死んでくれたらとゆうきのことを何度も思ってしまったことはあったけど、
今荒れ狂う海にむかって歩いている子の後を追わないでなぞいられないのです。

ですが、毎日毎日の繰り返しの生活の中で、
今日はもう追うことをやめようと思ったことも一度や二度ではありませんでした。
追いかけている途中、もうやめたと座り込んでも、
あの子は決して振り返らないのです。

私が後を追っていようと追っていまいとそんなことは気持ちの中にないのです。      あの子の心に私などどこにもないのかもしれません。
朝、あの子をバスにのせようとすることがどんなに大変なことなのか、
察してはいただけませんか?
連絡する余裕が私にあったら、私だってもちろんします。
それができないのです。
私の気持ちが先生にわかりますか?」
                            (つづく)