「ゆうきくんの探していたもの」 3

ゆうきくんは赤信号で道路をわたっていきました・・・

「ゆうきくんの探していたもの」 3

 
それが昨日までの三日間でした。
ゆうきくんの同級生のお母さんが昨日の晩ゆうきくんを見かけられ、
「母親が亡くなったことも知らないでいる様子のゆうきくんが哀れに思いました。
うちの子だって、私が亡くなっても悲しむということはないでしょう。
これが障害者を子供に持ったものの親の悲しみです」
と連絡帳に書いておられました。

 ゆうきくんは今日、朝から落ち着かない様子でした。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりして、
イスに座っている時間がとても短かったのです。
私はできるだけゆうきくんのそばにいようと思いました。
同僚にも今日はゆうきくんのそばにいたいので、
他の子供たちへの補助をお願いしますと頼んであったのです。

それなのに、ゆうきくんの前にいて振り返ったときに、
もうゆうきくんの姿がそこにありませんでした。
外を見るとグラウンドのポプラの木の下を、ゆうきくんが駆けていくのが見えました。
大声で同僚にお願いね〜と言い残して、うちばきのまま外へ飛び出しました。

 ゆうきくんは少しも後ろを見ずに歩き続けています。
つかれるということをまるで知らないみたいに、速度をゆるめず歩いています。
こんなふうにしてお母さんは、
いつもいつもゆうきくんの後を歩いておられたのです。
ゆうきくんは何を、そしてお母さんは毎日何を考えて歩いておられたのでしょうか?
そんなことを考えて、ぼっとしてしまっていたのだと思います。

車の急ブレーキの音に心臓がドキっと大きな音をたてました。
ゆうきくんは赤信号で道路をわたっていきました。
身体の力がへなへなと抜けていくようでした。

けれど私だって信号が青に変わるのをまってなんかいられません。
ラクションが幾度も大きくなったけど、そしてとても恐かったけど、
謝るように頭を下げながらあとを追い続けました。
もう昼もとうに過ぎた頃です。
お母さんがおっしゃるとおり、
どこを通っていてもゆうきくんが道を知っているのなら、
おなかがすけば学校に帰るのではないかと期待していたことも、
もうとうにあきらめていました。

 病院の鍵のかかる所に三日間もいて、
今ゆうきくんは歩きたくてしょうがなくなっているのでしょうか?
 もう学校が終わる頃です。
道行く誰かに何かをことづけようと思い立つけれど、
ゆうきくんを見失わないようにすることが精一杯で、それもできないままです。
ああ、お母さんはこんなふうにして毎日すごしていたのだ、とまた繰り返し思いました。

もう足も痛くてたまらず、いるはずのない、学校の同僚がさがしにきてくれてはいないかと、あたりを見渡しました。
いつのまにか繁華街はとうに通り過ぎ、狭い路地に入ってきていました。
ゆうきくんは知っている道なのか、変わらずどんどん歩いて行きます
そして角を曲がって行きました。

見失わないようにと急いだとたん、足がもつれて、そのまま溝に落ちました。
もう私の足は限界に来ていたのだと思います。
あわててたちあがって、歩き出し、角を曲がったとき、
もうゆうきくんの姿はそこにはありませんでした。
 
身体がかっとあつくなるのがわかりました。
そしてきゅうにがくがくと身体がふるえました。
お母さんが守ったゆうきくんを、私がどうにかしてしまうのではないかと思いました。
 
「ゆうきくん、ゆうきくん」
大声で呼びながら、路地の反対の路地を曲がったとき、
そこに広がった景色に息をのみました。

「ゆうきくんの探していたもの」 1

「ゆうきくんの探していたもの」 2