「仏道に生きる 1」

『足の裏で歩む』を書かれた板橋興宗師、
以前「こころの時代」に出演されています。
改めて味わわせていただきました。

仏道に生きる                  御誕生寺住職  板橋興宗
                          き き て      金光寿郎

(抜粋)          
金光:  お書きになったご本を拝見していますと、人間の脳のことを分けて、「人間脳」と「いのち脳」というふうに分けて表現されていることがありますが、これも今おっしゃった心の状況と関係がある表現でございますか。

板橋:  私は、何かの本を見てそんなヒントを得たんでしょうが、
身体でじかに感じていることを、それはいのちそのものといいたいのです。
こう抓(つね)ると痛い。叩けば痛いですね。
またこういうふうにこちらを見る。
見ようとも思わないのに目にうつる。
私は、これを「ご縁」ともいうんです。
「出会」ですね。
「出会」というのは、ホッと見たら見える。
自分が見ようと思わんで見えている。
こちらを見れば木が見える。

このように自由自在に見えるのを「空(くう)」ともいうんでしょうね。
こちらを向けば、こちらのほうがすぐ見えます。
頭をカチッと叩けばすぐ感じますね。
今、こうある存在自体が空の働きです。
経文にある「色即是空空即是色」の働き、いのちそのものなんですね。 

金光:  むしろ身体の働きそのまま、
対象と一体となっているのを「いのちの脳」、  

板橋:  そうですね。 

金光:  グチグチ考えるほうが「人間脳」ですね。
いわば大脳皮質のほうがいろんな計算をしたり、損か得かとか、そういうのを計算するのが大脳皮質の働きだとか、聞いていますけれども、
「人間脳」というのはそちらのほうを指していらっしゃる。  

板橋:  私なりにね。
猫はどんなに辛かろうと痛かろうと―それは痛さを感じているけど、
痛さそのことを悩まないですね。

人間は空腹を感じます。
感じますと、なんで今日だけ遅いのや、おれに喰わせないのか。
あの連中どうしたとかと、頭でグチグチ考えますね。
それが悩みやら苦しみや、いろんな問題を起こす。
猫は腹減ったら腹減っただけなんですね。
彼らには「悩み」はないと思うんです。
ただし悩みがないから、これでいいんだ、という悟りのような心境もないんですね。

人間はなんでそうなったかというと、知恵ができたんですね。
こうすればこうなるという知恵ができたんですね。
それが文明なんですね。
文明の社会になって、人間が知恵がついたために、
身体の動きの「命そのもの」と、もう一つ「頭の中の世界」が別になっている。

私、こう対談しながら、これ終わったらどっかへ遊びにいこうかな、
腹減ったから次は何を食べようかな。
いや、あの人のところに遊びに行こうか、なんて考えの世界が展開します。

ここに息づいておりながら、頭は別の世界にいますね。
だからいつでも身体の命そのものと、頭の世界が別になっている。
「もっともっと」と頭の中で考えるんです。
「もっと何かしたい、もっと美味しいものを、今度はどこへ行こうか」、
それを満たすような努力をし、満たしているのが文明社会なんですね。
だから次々に新しいものを。
いうなれば、昔なら濁酒(どぶろく)一つで済んでおったのが、今はあらゆる種類の吟醸酒やワインが店頭に出ていますね。

それでも足らんから、また次々と。
だから足るということがないですね。
そこに流れているのが、欲望の原理、経済の原理でしょうね。  

金光:  そうすると、もう一度そこの柱に貼っているように、

    
     
 
     からだ が わかってる

という言葉を貼っていらっしゃいますが、身体がどういう状況かという。
「身体がわかってる」ということを頭で確認するというのは、  

板橋:  確認まで要らないんですね。
寒いのは、〈ああ、寒いなあ〉と思うと身体が自由に対処して動きます。
確認して頭の中で問題にするのが人間社会です。
それで文明が進むのです。
ところが、これで「足る」ということがないのです。
不平と満足の二人三脚の世界が展開していくんです。 

金光:  あちらのほうにあります、

      

     今が誕生

     今が0(ぜろ)歳

     今が極楽

     今が臨終  

という言葉がありますけれども、これは、今が、 

板橋:  すべてですね。  

金光:  今、息していることが誕生であり、0歳ですね。
今、お腹が空いてることが誕生であり、0歳です。
それはその出会を、あ、そうだ、と。
そこのところであんまり心を働かさんでいいわけですか。

板橋:  事実がそうなんですから。  

金光:  事実がそうなんですか。考えるんじゃなくて、事実を見ろ、と。

(「仏道に生きる 2」へ続きます)
 
       (平成十九年十月二十八日 NHK教育テレビ「こころの時代」より)