もの言わぬものへの思い

茂木健一郎さん 2009/03/24 のブログは、
 30歳前半の自著『生きて死ぬ私』からの引用でした。


私の心は、もの言わぬものたちとともにある、と。


「見えないけれど大切なこと」、
もの言わぬミクちゃんを載せたすぐあとに出会った偶然に、
とても驚きました。




<もの言わぬものへの思い> 

 数年前の春、私は渡嘉敷島にいた。
島の南西部にある阿波連の白い砂浜に、
マルオミナエシの貝殻がたくさん落ちていた。
マルオミナエシの貝殻の模様は独特であり、
そのひとつ一つが時には山々の頂のように、
時には「止」や「山」といった漢字のように、
また時には波が砂浜に残していた文様のように見える。


貝殻の中には、波に揉まれ、砂に磨耗して模様がすり切れ、
その模様の名残を残しているだけのものもあった。
 

浜辺を歩く人間にとっては奇妙な模様のついた、
一時的な収集の興味を満足させるものに過ぎない、
マルオミナエシの貝殻の一つ一つは、
実はマルオミナエシの一つ一つの個体の「生」の歴史の痕跡である。


私たちは、マルオミナエシという貝が、
その成長の過程で貝殻の独特の模様を描き上げていく過程を想像することはできても、
それをはっきりとつかむことはできない。
珊瑚礁の中で幼生として生まれ、懸命に餌を食べ、
仲間の多くを失い、波に揺られ、太陽の光を感じ、
砂に潜り、異性を求め、やがて何らかの理由で力つき、
貝殻のみを残して自らは屍となり、
そしてその貝殻が砂浜に打ち上げられ、
人間によって発見されるまでのマルオミナエシの生は、
決して誰にも知られずに、密やかに行われる。


私たちの手元にあるのは、
そのようなマルオミナエシの生の痕跡としての貝殻だけである。
 

島の美しいサンゴの海の周辺には、
様々な「もの言わぬもの」の生が満ちあふれていた。
海燕や、ゆったりと飛ぶ蝶、そして、珊瑚礁にすむ名も知らぬ色鮮やかな魚たちーー
これらは、私たち人間の作り上げた「言葉」、
そして「歴史」や「文明」といった「流通性」や「操作性」のネットワークに決してのることのない、
物言わぬもの、無に等しいものである。


もし、大手の資本が、リゾート開発という文明の中で流通することのできる記号をもって乗り込んでくれば、
これらもの言わぬものたちは、
ひとたまりもなくどこかへ追いやられてしまうであろう。


古代のアミニズムの精神がもの言わぬものたちの存在を直感的に感じとっていたとすれば、
私たちの「歴史」や「文明」は、
これらもの言わぬものたちを切り捨て、
人間の間だけで流通する「言葉」のネットワークを構築することから始まったのだ。
 

阿波連の美しい浜辺を歩きながら、
私はおよそそのようなことを考えていた。


 やがて、島を去る日が来た。船は、汽笛を鳴らすと、
ゆっくりと港を出ていった。