でんでんむしのかなしみ 

カーテンをゆらし、今ふきぬけた風は、
「涙をぬぐい、顔を上げてね」
との郁代のささやきだったのでしょうか。



   でんでんむしのかなしみ      新美 南吉 (にいみなんきち)


一ぴきの でんでんむしが ありました。
 あるひ、そのでんでんむしは、たいへんなことに きがつきました。


「わたしはいままで、うっかり していたけれど、わたしの せなかの からのなかには、かなしみが いっぱい つまって いるではないか。」
 この かなしみは、どう したら よいでしょう。

 でんでんむしは、おともだちの でんでんむしの ところに やっていきました。


「わたしは もう、いきて いられません。」
と、その でんでんむしは、おともだちに いいました。
「なんですか。」
と、おともだちの でんでんむしは ききました。


「わたしは、なんと いう、ふしあわせな ものでしょう。
わたしの せなかの からの なかには、かなしみが、いっぱい つまっているのです。」
と、はじめの でんでんむしが、はなしました。
 

すると、おともだちの でんでんむしは いいました。
「あなたばかりでは ありません。わたしの せなかにも、かなしみは いっぱいです。」

 それじゃ しかたないと おもって、はじめの でんでんむしは、べつの おともだちの ところへ いきました。
 すると、その おともだちも いいました。

「あなたばかりじゃ ありません。
わたしの せなかにも、かなしみはいっぱいです。」
 

そこで、はじめの でんでんむしは、また べつの、おともだちの ところへ いきました。
 
こうして、おともだちを じゅんじゅんに たずねて いきましたが、どのともだちも、おなじ ことを いうので ありました。
 とうとう、はじめの でんでんむしは、きが つきました。


「かなしみは、だれでも もって いるのだ。
わたしばかりではないのだ。
わたしは、わたしの かなしみを、こらえて いかなきゃ ならない。」
 そして、この でんでんむしは、もう、なげくのを やめたので あります。


悲しくなったら、でんでんむしに会いにこようかな。
これで、2回目ですけど。