「念仏すれば、病はよくなるのか」
新聞連載「親鸞」激動編(五木寛之・作)233 より転載しています。
山と水と空と(19)
[前略]
香原崎浄寛が、よく響く声できいた。
「親鸞どのにおたずねする。
念仏をすれば、病はよくなるのか」
「よくなることは、ありませぬ」
集まった人びとが一斉にざわめいた。
香原崎浄寛はうなずいていった。
「では、かさねてきこう。
念仏をすれば貧乏人の暮らしが楽になるのか。
商売は繁盛するのか」
「いいえ」
「ふむ。では、亭主の大酒はとまるのか。浮気はやむのか」
親鸞はだまって首をふった。
香原崎浄寛は、ちらと遊び女のほうへ目をやって、
「それもだめか。では、身を売ってあわれな暮らしをしている女の、運命が変わるのだろうか」
「わかりません」
道場内のざわめきが、いっそう高まった。