旅立ち

親鸞」激動編 336(五木寛之・作)
       それぞれの旅立ち(6)
より転載させていただきます。


                    『完』
      
                  (北國新聞より)



〈前略〉
しかし、いま親鸞の胸の中には、吉水で接した法然上人の面影がはっきりと残っている。
その念仏の教えを、さらに深く究め、多くの人びとに伝えることが自分の夢だった。
いま、常陸の地をはなれ、都へおもむくのはそのためである。
この時期に都へむかうのは危険だ、と、周囲のだれもがいう。
しかし、行かねばならない。
親鸞さま」
と、艪をあやつる性信房が声をかけた。
「船頭たちの船念仏をやりましょうか」
よし、やろう、と明法房が手をうった。
そして水面にひびきわたるような大声で、
「なも、あみ、だんぶ」
と、歌うようにとなえた。
性信房の声がそれに和して、大声で念仏した。
舟はその声におされるように進んでいく。
そのとき一羽の鳥が、はげしくはばたいて、飛びたった。
〈あれは自分だ〉
と、親鸞は思った。
正面に筑波山が秋の日をあびて、くっきりと輝いて見えている。
                              (完)


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毎日楽しみに読ませていただきました。
有難うございました。