60人の人と手をつないでいます

寒い朝  キラキラと輝いて








昨日の木造校舎の絵で、
「写生の絵は一年生。一年生といっても3つある。
小中高、どれだろう?小学生にしては上手すぎる・・・」
とのコメントがありました。

ほんとに1年生?絵を見たとき、私もうまいなあと一瞬思ったのです。
(今の私でも描けないなあ、と・・・絵が下手なもので)
郁代の兄に聞いたところ、
「新校舎へ引越したのは俺の3年生の3学期だった」と。
郁代は兄と2歳離れているので、
木造校舎最後の小学1年生だったことがはっきりしました。
お別れの記念にその年は全学年が、
秋の写生会で木造校舎を描いたのかもしれませんね。


chamy-bonnyさんに、
「御見それいたしました。
小学一年生が、あんなにたくさんの線をまっすぐに、
しかも均等に書けるものでしょうか?驚きです。
細い線はサインペンか何かでしょうかね?
そのまま絵葉書にでもしたい構図ですよね。
子供(郁代さん)の潜在能力恐るべし・・・です」と、
ほめて頂いて、よかったね郁ちゃん。嬉しかったでしょう。
どうもありがとうございました。


最初、「あなたにあえてよかった」は、
生前お世話になった友人、知人に、
感謝のしるしとして差し上げるために自費出版したのでした。
『一部』と『二部』の構成で、『一部』は私の書いた本文、
『二部』が友人知人からの追悼文で作られていて252ページの本です。
1500部のほとんどを、国内、海外のご縁のあった人たちに差し上げました。
まだ少し残っていますけど。
(県内の図書館や公民館、学校関係などにもまとめて寄贈させて頂きました。
無名の拙著を快く受け取ってくださった皆様、有難うございました。)


このあと同じ出版社が、
「本文である『一部』だけの本を出版販売したい」と申し出たのです。
アマゾンなどで市販されている「あなたにあえてよかった」はこちらの本で、
自費出版本の中から『一部』だけを取り出した172ページの本です。


自費出版本、『二部 追悼集』の目次は
*金沢・神戸の友人知人から
*オーストラリアの友人から
シドニーの会社の同僚、知人から
となっていてお手紙やメッセージをくださった60人近い方が、
郁代を中心に繋がっています。
もし私だったら・・・悼んでくださる方は一人でもいるだろうか、
と郁代の友人の多さに本当に驚きました。


郁代の担任だった金丸先生がくださったお手紙も載っています。
30年近く前もの教え子を覚えていてくださり、葬儀においでくださったこと、
深く感謝しています。有難うございました。
公立学校を退職された現在も、
大学で幼児教育の教鞭をとっておられる、とても素敵な先生です。


・・・・・
一年生の郁代ちゃん
      小学校校長 金丸 洋子 (役職は当時のもの)
 

初秋の候、台風も通過し、少しずつ涼しくなってきているこの頃です。
秋にむかっていく、もの寂しさと、郁代ちゃんを遠くに送り出してからの悲しさとあいまって、心落ちしていらっしゃるのではと案じております。
心は身体の健康にも大きく影響します。
郁代ちゃんが私達にプレゼントしてくれた生き方に教わって、
暮らしていきましょうね。


ご葬儀にまぜて頂けたお陰で、
美しく成長した娘盛りの郁代ちゃんにお目にかかれ、
そして、すばらしい人生を送っていたこと、立派な最期だったことを知ることが出来ました。
これも、ご縁だったのかなと思っています。
私は、あの小さなジャングルジムがあった木造の田上小で、
一年生の担任として郁代ちゃんに出会いました。
上小には二年しか勤務しませんでした。


でも、郁代ちゃんのことは、しっかり思い出すのです。
けっして、口数の多いお子さんではなかったのですが、
目がキラキラ光って、澄んでいる。
そして、輝いていました。
書いて表現することの得意なお嬢さんでした。(後略)
・・・・


シドニーの皆さんからのメッセージも載っています。


chamy-bonnyさんがコメントをくださったおかげで、
一年生の愛らしい郁代に出会えました。
有難うございました。