どんな中にあっても、きっと幸せ



きのうに続いて
「宮ぷー心の架橋プロジェクト」(5月12日)から抜粋させていただきます。
“かっこちゃん”その人に触れることができますね。


今日は「幸せについて教えてほしい」とメールをいただきました。
幸せ。
本当に幸せってなんでしょう。
宮澤賢治さんは、いつも本当の幸せについて考えておられたのですね。
私は教えてと言っていただいたのに、少しもわからないけれど、
ただ、人は本当はいつもきっと幸せなんだろうと、
どんな中にあっても、守られて大丈夫なんだろうとそう思えてなりません。


このごろ、宮ぷーが倒れたばかりの頃はいったい何をしていただろうと日記を見ていることがありました。
その中で、ある方からメールをいただいていたのです。
三年前、宮ぷーが倒れて三ヶ月頃の日記です。


・・・・・
2010/5/28
今朝、パソコンを開けたら、読んでくださった方からすごくうれしいメールをいただいていたんだよ。
メールをくださったのは、同じく脳幹出血をされた方の奥様からでした。「いつも、ブログからすごく大きな勇気をいただいてます。
脳幹出血という最悪と思えた入院生活が、かつこさんのブログを読み、
こんなにも、幸せな思いで満たされるようにすごせるのだという驚きでブログを拝見しています。
昨日のブログは、ベッドを起こして座らせて、そして、首をささえるリハをお二人でされたとのこと、
その間にかつこさんが書かれたブログの文章を宮田さんの前で読まれたとのことで、深く感じることがありました。


二人は幸せの中で闘っておられるのですね。
静かに、温かく、脳幹出血という大きな化け物に、果敢に立ち向かっておられるのですね。
かつこさんたちの生活は、この5ヶ月という日々をすごしてきた、私たちのすごしかたや思いとはあまりにも違います。
私たちの気持ちはいつもどん底で、
希望もなく、すべてを失った悲しみで覆われていました。
私は、かつこさんたちの日々に、
こんな生活ってあるのだろうかと信じられない気持ちでいるのです。


私たちは間違っていたのか?いったいどこが違うのか? 
不幸のどん底と思っていた毎日であるはずなのに、同じ状況にありながら
“幸せ”という言葉や“うれしい”という言葉で彩っている人が実際にいる。そして、それが、宮田さんの回復に大きな効果を生まないはずがありません。


実際に、ブログの最初を拝見したところ、宮田さんは私の主人よりも病状が重いと感じずにはいられない。
それなのに、今は、どうでしょう。
日々のすすまないリハビリにいらだつ私たちを、とっくに追い越して進んでおられるではありませんか? 
ブログを拝見して、今の主人は宮田さんと同じように、ベッドで座る練習、首をすわらせるリハビリが効果があると思われました。
自分は文章を書けないかわりに、かつこさんのブログを今日から読ませていただいて、そして、主人に、自分たちと同じ状況の中で、頑張っていらっしゃる方がいることを毎日知らせようと思います。
そして、私は、主人を深く愛しているのだと伝えようと思います。
これからは、私たちはすっかり気持ちを変えようと思います。
あまりに過酷な状況下でありながらも、大きな愛の中で、すごされていらっしゃることに、心から敬服しております。
どうぞ大きな幸福の中で、さらに状態が改善されますように、お祈りしております」


宮ぷー、私は泣きながらこのメールを読みました。
すごくありがたかったよ。
宮ぷーの頑張りや、宮ぷーとの毎日に、
「勇気をもらっている」
って言ってくださる方がいるよ。
私たちの毎日を知ってくださって、
「これからは気持ちをすっかり変えようと思います」
って言ってくださる方がおられるんだよ。
宮ぷー、すごいことだね。
うれしいことだよね。
なんてなんてうれしいのでしょう。
宮ぷーはやっぱりどんどんよくならなくちゃいけないよ。
そして、たくさんの方にいっぱい希望を与えられる、
脳幹出血の希望の星になろう、
よくなることもそうだし、
どんな中にも本当にいっぱいいっぱい幸せがあるんだということを、
宮ぷーはみんなに教えてくれる存在になってね。
・・・・・


「不幸のどん底と思っていた毎日であるはずなのに、同じ状況にありながら
“幸せ”や“うれしい”という言葉で彩っている人が実際にいる」
宮ぷーが倒れて三ヶ月頃のこと・・・


メルマガが発信するかっこちゃんの日々は、
我が身に照らし合わせると信じられないことばかりでした。


自分は動けなくなった身体で、
最期まで遺される者たちを励まし続けた郁代と重なりました。