詩の礫

紫式部







和合亮一さんのお話が今も心に響いています。



詩の礫     大竹しのぶ朗読




   「詩の礫」      和合亮一



平成23年4月までの「詩の礫」からの抜粋です。
「詩の礫」は和合亮一さんのツイッター で随時更新され続けています。


01
本日で被災六日目になります。物の見方や考え方が変わりました。
放射能が降っています。静かな静かな夜です。(2011.3.16)
02
どれだけ私たちを痛めつければ、気が済むのか。
雪はみぞれはここで、こんなにも厳しすぎる。
父もまた あどけない 幼いきみの笑い顔から いつか 卒業しなくてはいけないね 母もまた あどけない 幼いきみの泣き顔から いつか 卒業しなくてはいけないね。(2011.3.17)
03
あなたの街の駅は、壊れていませんか。
時計はきちんと、今を指していますか。
おやすみなさい。明けない夜は無いのです。
旅立つ人、見送る人、迎える人、帰ってくる人。
行ってらっしゃい、おかえりなさい。おやすみなさい。
僕の街に、駅を、返して下さい。
あなたはどこに居ますか。私は暗い部屋に一人で言葉の前に座っています。あなたの言葉になりたい。
あなたはどこに居ますか。
私は閉じ込められた部屋で一人で、言葉の前に座っている。
あなたの閉じ込められた心と一緒に。
世界はこんなにも私たちに優しくて、厳しい。
波は今もなお、私たちに襲いかかろうとしている。
あなたはどこに居ますか。私たちの寄る辺はどこ?
南相馬市の夏が好きだった。
真夏に交わした約束は、いつまでも終わらないと思ってた。
原町の野馬の誇らしさを知っていますか?
南相馬市の野原が好きだった。
走っても走ってもたどりつかない、世界の深遠。
満月とススキが、原町の秋だった。
南相馬市の冬が好きだった。少しも降らない冬の、安らかな冷たさが好ましかった。
原町の人々の無線等の自慢話が好きだった。
あなたはどこに居ますか。
あなたの心は風に吹かれていますか。
あなたの心は壊れていませんか。
あなたの心は行き場を失ってはいませんか。
命を賭けるということ。私たちの故郷に、命を賭けるということ。
あなたの命も私の命も、決して奪われるためにあるのではないということ。
(2011.3.18)
04
一昨日から始まった私のこの言葉の行動を、「詩の礫」と名付けた途端に、家に水が出ました。
私の精神と、私の家に、血が通ったようでありました。
「詩の礫」と通水。
駄目な私を少しだけ開いてくれた。
目の前の世界のわだかまりを貫いてくれた。
僕は詩を書いた。卒業を記念して。
それを息子の避難先に電話して、彼が眠る前に、声に出して読んでやりました。僕が卒業証書を渡す資格があるわけでもないのに。
でも、卒業だ。おめでとう。大地。父はきみを誇りに思う。
(2011.3.19)
05
夢を追うのだ、ためらわず。いつ何の時に、この世界に絶対が無いことにまた、気づかされるのか分からないからだ。
ならば、あなたよ。そして必ず、実現したまえ。
余震か。否。
余震か。否。だがしかし、常に、余震が私に宿るようになってしまった。
揺れは恐ろしい。
この恐怖が、常に私に何かを書かせる。
詩の礫が夥しく湧いてくる。
キーを叩き、メモをする。レコーダーに吹き込む。
叫びながら部屋を歩き、床の紙片をこの男は、蹴散らしている。
宇宙の中に一人。鹿の鳴き声。
はっきりと覚悟する。私の中には震災がある。
あなたの中には震災がある。
余震か。否。
私はある日、避難所の暗がりで、手帳に何かを書き殴っていた。
私の文字は私の心など少しもとらえない。
しかし書くしか無い。
この徒労感は初めから勝負が決定している。
書いているが、何も書けていないからだ。
避難所の暗がりで、私は阿保な修羅であった。
余震か。否。
私はある日、避難所の正午。米と鶏肉とコンソメスープを貰った。
むしゃぶり食べた。舌鼓を打ちながら、書き殴った。帳面を開く
「このまま何かが大きく動き続けて、大きく変わらないとしたらどうなるか」。
時の昂然だけが私には思い出せるが、
言葉が何を捕らえようとしたか、定かではない。
余震か。否。帳面もまた壊れていく。
私の親しい場所…、相馬、新地、仙台若林区、女川、南三陸
この時。避難所のテレビの報告が、死者の数を増やしているかのようだった。私は帳面にこの数を記録していた。
記録? どうしたいのか、私は。偏頭痛が収まらない。
いくつもの破片を拾い集めてかけらは 宇宙のもの 世界のもの かつては 僕たち家族のもの 捨てられていくもの
今日も言葉の瓦礫の前で、呆然としています。
外への扉を開けると、真顔の放射能。美しい夜の、福島。
(2011.3.19)
06
緊急地震速報震源地は宮城県沖。緊急地震速報震源地は茨城県沖。緊急地震速報震源地は岩手県沖。緊急地震速報震源地は冷蔵庫3 段目。
緊急地震速報震源地は革靴の右足。緊急地震速報震源地は玉ねぎの箱。緊急地震速報震源地は広辞苑緊急地震速報震源地は、春。
(2011.3.20)
07
巨大な力を制御することの難しさが今、福島に二重に与えられてしまっている。自然と人口とが、制御出来ない脅威という点で重なっていく。余震。
子どもの頃から、思っていた。
絶対に、僕のばあちゃんは死なない。
不死身っていうことは無いかもしれないけど、「ばあちゃん」は死なないよ。凄くて優しい人だから。
強震。絶対を信じることしか出来ない 信じなければ 大地は 大河は 大海は 私たちを信じてくれない 放射能の雨 実感 何?
絶対に 生きる
私たちはここに生まれた。福島を私たちが信じなければ、誰が信じる。
「信じる」を信じる今。3 月22 日
故郷を捨てちゃいけない。
大きな青空。阿武隈川雄大安達太良山会津の旗。太平洋のきらめき。
福島を捨てるな。
最後の家とせよ。
(2011.3.22)
08
5日ぶりの買い出しをする。トマトを買おうと思った。
余震。店外避難。戻る。トマトを買う。家に持ち帰り、塩を振ってかじりつこうか。熟れたトマトを持ってみて、分かった。
野菜が涙を流していること。
(2011.3.23)
09
空気が恐い、空気に何かがいるよ、恐いよ、やだよ、空気が恐い顔をしているよ、やだよ、
何。見あげてみて下さい。雪。
何億もの命。私たちは生きています。生かされています。
「あめゆじゆとてちてけんじや」。
福島では今、雪と雨に触ることを心配しています…。
見あげてみて下さい。見あげてみて危ない。
(2011.3.27)
10
私たちは汗をかいている。また別の男が言う。
「私は、プルトニウムを一番、恐れている。
これまでの物質の中でも、私は最悪だと思う」。
私たちは足の裏に、冷たい汗をかいてみる。
(2011.4.1)


11―昂然


緊急地震速報、もしくは、噂話、20 キロ圏内。
牛や犬や豚が徘徊している、無人がそれらの家畜や番犬を追い回している。涙を流している、注意が必要です。


緊急地震速報、もしくは、噂話、20 キロ圏内、
柵につながれたままの牛は、大きな体を休ませている、いや、飢え死にしている、無人も飢えている、果てし無い、注意が必要です。


緊急地震速報、もしくは、噂話、20 キロ圏内、
豚は食べるものがなくて、仕方なく、豚の死骸を食べている、
無人も仲間を睨みつけている、理由は無い、注意が必要です。


緊急地震速報、もしくは、噂話、20 キロ圏内、番犬は空気を追い回している、放射能を追い回している、春風を追い回している、
無人は追われている、無人に、注意が必要です。


私たちは、それぞれが一匹の猫を持て余している。
それでも甘えることを止めようとはせず、捨て去ろうとすれば牙を剥く。
畜生、いつかどうにかしてやる。


ここまで書いていると、原子力が私の家の扉のチャイムを押した。
「どなたですか」。
話があります。「私にはありません」。
とにかく扉を開けて下さい。「開けるもんか」。


きみは無知なだけです。「確かに、知らない」。
だから開けて下さい。「話をしても、もう仕方が無いじゃないか」。
そうですか…、うつむいて、今日は帰っていったらしい。
方法は無いのか。


私たちは、それぞれが一匹の原子炉を持て余している。
ここまで書いていると電話が来た。
話があります。「私にはありません」。
耳寄りな情報です。「聞くもんか」。
きみは本当に何も知らないんだな、絶対に安全です。
「確かに、そう思っていた」。


だから聞いてください。
「聞いても、仕方ないじゃないか」。
一方的に電話を切り、電源を切った。方法は無いのか。


私たちは、それぞれが恐怖の猫を持て余している。
ここまで書いていると、葉書が来た。
「読むもんか」。人類は卑怯だ。「何が卑怯だ」。


困ったときには頬を寄せて、すり寄り、
駄目になると、毛嫌いして捨てようとする。
「破いてやる」。だから読んで下さい。
「読んでも、仕方ないじゃないか」。破く。


街を返せ、村を返せ、海を返せ、風を返せ。
チャイムの音、着信の音、投函の音。
波を返せ、魚を返せ、恋を返せ、陽射しを返せ。
チャイムの音、着信の音、投函の音。
乾杯を返せ、祖母を返せ、誇りを返せ、福島を返せ。
チャイムの音、着信の音、投函の音。


夢があるのなら  それをあきらめない  それをあきらめるな 
私をあきらめるな  自分をあきらめるんじゃない  
命をあきらめてはいけない
無念の死を受け入れた  たくさんの私たちのため