本当に生きる

わが家のグリーンカーテン 萩
 

あの頃も暑い日が続いていたなあと、思い出しています。
「あなたにあえてよかった」 より

本当に生きる

七月二十二日
腹水がひどくて、夜も眠れなくなっていた。
郁代の友達は、金沢はもちろん、
県外、海外からもこれまで以上に訪ねてくれた。
毎日でも受けてほしい点滴の時間は、面会の時間に充てられた。
水分摂取が腹水を増やすのでは?との不安が拭えないらしかった。
「おかあさんが喜ぶなら」と、しぶしぶ予約しても、
直前にキャンセルする日々。

「水分点滴を、なんとか説得してください」と必死になって頼む私に、
「すべてをわかった上での本人の選択ですから。
お母さんも、医師も、郁代さんの〝生き方〟を変えることは出来ないのですよ。私もお母さん以上に、点滴の必要性をわかっているのですよ」

公立病院で、永年がん医療に携わってきたN医師が言った。
「死に逝くいのちは、お母さんのものでも、医師である私のものでもなく、
郁代さんのものですよ」
と、言おうとしていることがわかった。

がんとわかった頃、郁代が最初に読んでいたのが、
『生き方のコツ・死に方の選択』(鎌田實・高橋卓志著)だった。
「自分らしく生き、自分らしく死ぬとは?」
という問いの中で生きてきた郁代は、いま、いのちの長さではなく、
いのちの質を大事にしようとしているのだと私は気付いた。

大切な残り時間を、ひとり安静にして「病」と向き合っていることは、
郁代にとっては「生きている」とはいえなかったのだろう。

「これまでの私の人生が楽しかったのは、あなたのおかげなのよ」
と友人・知人に感謝の気持ちを伝えることが、
郁代にとって「本当に生きること」だったのだ。

そのことに気づくまでが、私にとっては辛い、辛い時間だった。
夜、痛みと辛さで眠れないのを知っていたから、
昼間も休息の時間を削る郁代を、見ていられなかったのだ。

最期の時まで郁代らしく生きることを、しっかり支えよう。
この日、私の心は決まった。

シドニーの年上の友人へのメール

ジミーさん 又、本を貸して頂けるとのこと、有難うございます。
最近は外出が出来ないので、家で本を読んだり、DVDを観たりして、
ごろごろ過ごしている毎日。
食べ物は相変わらずほとんど食べられないので、かなりやせてしまいましたが、頭はしっかりしています(多分)。

ホスピスに入院することも考えましたが、
「家にいて家族と過ごしたい!」という気持ちが強くなり、
介護ベッドをレンタルしたり、訪問看護を契約したりと、
できるだけ長く家にいる方向で色々やっています。

最近、病気のことを地元の友人たちにカミングアウトしたので、
誰かが、毎日のようにお見舞いに来てくれます。
気が紛れてありがたいです。
七月二十五日  郁代