「あんたがいてよかった」

詩人・伊藤比呂美さんの訳した「Today」を書いたところですが、
伊藤さんは今年1月に『父の生きる』(光文社)を出版されました。
カルフォルニアにお住まいの伊藤さんが、
熊本で一人暮らしをしているお父さんを3年半遠距離介護なさって、
最期を看取られるまでを書かれたご本です。

イムリーなことに「同朋」10月号に、
伊藤比呂美さんと尾畑潤子さんの対談が載っていました。
テーマは「死と生を見つめることから広がっていく豊かな世界」

対談で語られていた次の内容が、心に残っています。

・・・・・
〜臨終の姿に善悪などない〜

伊藤 
私ね、父と母の看取りをやってすごくよかったと思っています。
親の看取りをとおして死をずっと見つめていると、
死とは決して怖いものや不思議なものじゃない、
自分もいつかはこうなるんだということが見えてきますよね。

私、父はすごく好きだったんですけど、
母とは子どもの頃から仲が悪かったんですよ。
いつも叱られて、嫌がられて、心配されてということしか記憶がなくて・・・。

私は何度も結婚したり、離婚したりしてますけど、
最後に日本人の夫と別れ、
現在のイギリス人の連れ合いと一緒になって子どもを産んだとき、
母は私のことを勘当したんですよ。
もっとも、生まれた子どもを「ほら、赤ん坊だよ」って母に見せたとたん、
出入り禁止が解けましたけど(笑い)

母は5年間寝たきりの状態でいましたが、
その間にどんどん浮世離れしてくるんですね。
元気なときはわりとせかせかした人だったのに、寝たきりになると、
実にゆったりとした時間と空間の中で生きているのがわかる。

それで日本に帰ったときは、病床の母に向かって、
「ねえ、お母さん」って悩みを話すと、一生懸命に聞いてくれるんですよ。

それである日、なにを思ったか、
母が突然「あんたがいてよかった」って言うんですよ。

「こういう子だったから大変だったけどさ。
いろんなことがあって、楽しかった」って。

その一言ですべてが帳消しになって、母にかけられていた、
「いいこになれ」「いい妻になれ」という呪いが解けたような気がしました。
・・・・・

郁代が遺してくれた
「生んでくれて ありがとう」
が思い出されました。

伊藤比呂美さんは、
「たどたどしく声に出して読む歎異抄」など、
お経や仏典を現代語訳した本も出しておられます。