詩人・吉野弘の世界

          生命は
                  吉野弘
     生命は
     自分自身だけでは完結できないように
     つくられているらしい
     花も
     めしべとおしべが揃っているだけでは
     不充分で
     虫や風が訪れて
     めしべとおしべを仲立ちする
     生命は
     その中に欠如を抱き
     それを他者から満たしてもらうのだ

     世界は多分
     他者の総和
     しかし
     互いに
     欠如を満たすなどとは
     知りもせず
     知らされもせず
     ばらまかれている者同士
     無関心でいられる間柄
     ときに
     うとましく思うことさえも許されている間柄
     そのように
     世界がゆるやかに構成されているのは
     なぜ?

     花が咲いている
     すぐ近くまで
     虻の姿をした他者が
     光をまとって飛んできている

     わたしも あるとき
     誰かのための虻だったろう

     あなたも あるとき
     私のための風だったかもしれない


心ひかれる吉野弘さんの詩、
NHKクローズアップ現代(1月27日)は、 “いまを生きる”言葉
〜詩人・吉野弘の世界〜でした。

・・・・・
「正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい」
祝婚歌」で知られる詩人・吉野弘さん(享年87)が亡くなって一年、
いま静かなブームを呼んでいる。
何げない日常や光景の中に、
人間の弱さや優しさ、他者とかかわって生きることの意味をうたった吉野さんの詩。

その吉野さんの言葉が、先行きの見えない混沌とした時代の中で、共感をよんでいるのだ。
今回、終戦直後、22歳の頃に書かれた未発表原稿が書斎から見つかった。
軍国青年だったという吉野さんは、その反省から、
詩人として“人のために生きる決意”を記している。
“いのち”“日常”“大切な人”を詠むことにこだわった吉野さん。
彼の言葉に、いま人々はなぜひかれているのか、その秘密に迫る。
・・・・・

紹介された言葉

     人間はその不完全を許容しつつ
     愛しあふ事です

     不完全であるが故に
     斥け合うのではなく

     人間同士が助けあふのです

     他人の行為を軽々しく批判せぬことです

     自分の好悪の感情で人を批判せぬことです

     善悪のいづれか一方に
     その人を押し込めないことです


以前書いたことがある次の詩も、番組で取り上げられました。

「祝婚歌」

「夕焼け」