イブ・サンローランの雨傘

ワーキングホリデーに行くから・・・

 旅行会社四年目(一九九六年)の秋、驚く私に郁代は突然言ったのでした。
「ワーキングホリデーでオーストラリアへいくことに決めたから。
一年で必ず帰ってくるから心配しないで」
一度決めたら必ず実行する郁代だったから、
引き止めるのは初めから無理だとわかっていました。

五月の母の日に贈られてきたカードが残っています。
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Happy Mother,s day!  

お母さん、母の日おめでとう!

お母さんは昔から、
私が「これがしたい!」と言い出したことはさせてくれましたね。
スポンサーにもなってくれて。
ピアノ、エレクトーンも習わせてくれたし、大学も県外へ出してくれ、
英会話や旅行の費用を貸してくれて…。

そして、今回オーストラリアに来ることも、
最終的には許してくれました。
半分、「この子は一度言い出したら、聞かないから…」
というあきらめの心境だったのかな?
もしかしたら、昔からあまり好きなことばかりさせていなければ、
今頃はもっとおとなしく金沢で暮らしていたかも…、
と後悔しているかもしれないね。
ごめんね。好きなことばかりして、そして心配ばかりかけて。

でもね、今まで自分でやる!と決めてやり始めたことは、
自分なりに一生懸命やってきたつもりだし、
つまずきながら、そして少しは苦労しながらやり遂げたこと
(一人旅や、英会話、旅行会社でのちょっぴり大変だった仕事など)は、
全て自分への自信や、
少しのことではくじけない今のたくましさにつながっていると思います。
そんな自分が又、なかなか好きなのです。

お母さん、これまで本当にありがとうね。
私の次の目標は、お母さんのようなお母さんになることかな?

子どもが泥んこになって帰ってきたら、
「こんなに泥んこになるまで、一生懸命遊んできて、えらいね!」
とほめてあげるようなお母さんに。

まあ、こればっかりは自分ひとりでがんばって出来ることじゃないから、
いつになるかわからないけど、
まあ、長い目で見守ってやってくださいませ。

いつまでも元気で若々しいお母さんへ。
オーストラリアから愛をこめて!  

          一九九七年五月 郁代 
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二〇〇五年五月、
母の日最後の贈り物が、「イブ・サンローランの雨傘」でした。
私がおしゃれな傘を持っていなかったからでしょう。

「大切に使ってね」といいました。

「いつもいっしょだよ」
郁代の声が聞こえてきます。

涙が出てしまって、なかなか使えません。