“あたわリや”も“のさる”も凄い言葉です

「さくらの木は、いま、じゅんびしてるんだよ。
緑から、赤になって、
葉っぱ落ちて、
そしてピンクの花が 咲くんだよね」

                         (5歳児)



決めないままの安心4 に
ブログ仲間のキリコさんからいただいたコメントが心に響きました。

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水俣病の方がその境遇を受け入れるとき“のさり”という言葉を使いました。 
自分が求めなくても天の恵みを授かった、という熊本の漁師言葉です。 
杉本栄子さんのお父さんが彼女に言うのです。

   “いいか、水俣病は〈のさり〉と思え 人のいじめは海の時化と思え

   こん時化は長かねえ だけど人は恨むなぞ 時代ば恨め 
   わらは網元になるとじゃっで人を好きになれ 
   そして漁師は木と水を大事にせんばんぞ”

“あたわリや”も“のさる”も凄い言葉です。
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以前書いた〜門徒のおばあさん〜のことばが思い出されました。

(再掲)

〈折々の言葉〉 53 
                   鷲田清一

今年はようお照らしがありまして   
                   〜門徒のおばあさん〜

 石川県に帰省した僧侶のもとに門徒さんから大きな白菜が届けられる。
「みごとな白菜ですね」と言うと、
自分の努力や工夫については一切口にせず、
自分はほんのささやかなお手伝い、
お日さまがよく照ってくださったのでこんなになりましたとの返事。

人間に独りでできることなんてまずない。
つねに他に恵まれてこそ人は在る。
  
                一楽真「この世を生きる念仏の教え」から
                                  
                           2015.5.24