サプライズ 2
一条真也さんが、
ブログ「WORLD ORDER」でchamy−bonnyさんとのつながりを書かれていました。
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ところで、ブログ「天国からの感謝状」でわたしに感謝状を下さった大浦郁代さんのお母さんである大浦静子さんから、須藤元気つながりのメールが来て驚きました。
なんでも、ブログ「すげえぞ、須藤元気!」を読んで感銘を受けたという方が、大浦さんのブログ「mikutyanの日記」の読者になられたばかりの方だというのです。
大浦さんはメールに
「一条さんに関するとても素敵なコメントを、chamy−bonnyさんが今日の私のブログのコメント欄で書いてくださいました。
直接一条さんに感動のメールしたかったみたいです」
と書かれていました。
chamy−bonnyさんは、大浦さんの1月12日のサプライズというブログ記事のコメント欄に次のように書かれていました。
「本日のブログの一条真也さんの件ですが、これは僕が驚きました。
僕が一条さんを知ったのは、mikutyanさんとは、まったく別のルートで、しかも2日前の1/10のことです。
たまたま少数派日記で元格闘家の須藤元気さんの率いるパフォーマンスユニットWORLD ORDERを取り上げました。
須藤さんは格闘家時代に常に「世界はひとつ」というスローガンを掲げた慈愛平和主義者です。WORLD ORDERにもそんな思いが込められています。
で、そんなブログを書いたあと、須藤さんを検索している過程で一条さんのブログに本当に偶然に出会いました。
再度書きますが2日前のことです。
今思い返せば、mikutyanさんのブログにたびたび登場するお名前ですが、
2日前は気付かず、本日も最初は気付かず、二度読みして、
初めて「ハートフル」・・・?あれ、ちょっと、待てよ・・・という感じで驚いた次第です。
一条さんの須藤さんのブログが素晴らしく、
僕が書きたかったことを映像付で、完全に網羅されていたので、
書く前に知っていれば、僕のブログから直接飛んでもらった方がいいな・・・と思ったくらいです」
chamy−bonnyさんは小生にメッセージを送信してくれようとされたそうですが、わがブログにはコメント欄がないため、
「まっ、いいか、またパソコンに詳しい人にコンタクトの仕方を教えてもらえれば」と思っていたそうです。
それが、「まさかこんなカタチで・・・というわけです。これも間違いなく郁代さんからの贈り物ですね。びっくりしました」と書かれていました。
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すると今度はchamy−bonnyさんが
ブログ 須藤元気で、
「須藤さんつながりで、一条真也さんと繋がりました」と
須藤元気応援歌を展開。
一条真也さんとタイアップした瞬間でした。
続いて
ブログありがとう、郁代さんまで書いてくださいました。
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以前にも書きましたが、
最近ではmikutyanさんと交換日記みたいなことをしています。
そんな偶然から、また一条真也さんとも繋がりました。
偶然と書きましたが、これは偶然とかではなく、
郁代さんこと大浦郁代さんがくださった贈り物だと受け止めています。
本日のmikutyanの日記では小田和正さんの曲「たしかなこと」がテーマで、
「どんな時でもきっとそばにいるから」
というタイトルで書かれていますが、
僕にはそんな気持ちがとてもよく理解できます。
僕の好きな平井堅さんの「Missin`you」という曲を紹介します。
忘れそうな優しさを呼び覚ます君の笑顔
やわらかな言葉たちが冬の空へと還る
サヨナラに濡れた頬が乾かなくても
君の願いを君の答えを君の命をすべての愛に変えて行こう
It will break my heart to see you go
何度も祈るよ
たとえ二度と会えなくても
思い続けようmissi`you
震えてた背中に触れてくれた手のぬくもり
溢れる涙止められず君を困らせたあの日
サヨナラの痛みだけを繰り返しても
君の憂いを君の叫びを君の命を胸に刻んで歩いて行こう
It will break my heart to see you go
心に描くよ
たとえ世界が君の声を忘れてしまっても
wishin`you
その命を刻みつけて
And it will break my heart to see you go
I`d rather die,than alon
I don`t wahna go nowhere
And meet somebody new
I`d rather spend my time
just missing you
いろいろな贈り物をありがとう、郁代さん。
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『chamy−bonnyさん
やさしく美しい曲をプレゼントしてくださり、
有り難うございました。 郁代』
阪神淡路大震災が起きたのは郁代が大学を卒業し、
金沢に戻ってきた翌年のことでした。
一年前まで住んでいた神戸東灘区は甚大な被害を受け、
通っていた大学の後輩が何人も犠牲になりました。
郁代は日常品をリュックに担いで、
父親と共に線路伝いに避難所へ向かい、
知り合いの方達を見舞ったのでした。
「歯ブラシ、ティッシュ、タオルや洗剤・・・
すぐ役に立つものばかりが入っていて本当に助かった」
後で聞きました。