前より身近な存在に

プルメリア



「忘れない。」   郁代の友人からの手紙です。



救ってくれて有難う
                 かずみ


私が今まで頑張ってこられたのは郁ちゃんのおかげです。
最後に直接感謝の気持ちを伝えることが出来たのは、
郁ちゃんが自分の病気を受け入れていたからだと思います。
最後まで周りに気をつかって、
郁ちゃんは自分の辛さを、誰にも話さずにいたの?
千の風」になった郁ちゃんは遠くへ行ったけど、
前よりもっと身近な存在になりました。


郁ちゃんが亡くなったことで気付くなんて、とてもとても心苦しいのですが、
実は郁ちゃんに伝えたい事があります。
子どもとずっと一緒にいることがひどくなって、
息抜きに仕事へ出たことは話したよね。
それでも自分は何をやってもダメな親、ダメな人間という暗示にかかっているのではと思うくらい沈んで、勝手に落ち込んで…。
正月早々、私がいない方がこの子たちの為で、
私みたいなのはこの世に生まれてこなければ良かったとか、
そう思えてくる状態が続きました。
でもね、郁ちゃんが亡くなってお友だちの話や、
郁ちゃんのお母さんの話を聞いてると
「出来なくなったら、次出来る事を探そう、郁代はそういう子でした」
この言葉にどれだけ楽になれたことか。
今また、どれだけ前向きに進む気になれたか。
また郁ちゃんに教えられ励まされた気がします。


郁ちゃんは、
「自分の人生楽しかったし、そうさせてくれた親に感謝する」と言ったよね。
私は誰かの為と言う思いが全然「為」になってなくて、
自分でひどくなっていっただけだなと感じたし、
同じように子どもも、
私に応えなきゃ、みたいに辛い思いをさせてたのかなあと考えてしまいました。
私も郁ちゃんのお母さんのように、
「郁代はこんな子だったのよ」
とわが子を見ることが出来る親になりたいです。
もし、自分があと僅かだと告知されたら、
後悔のない人生を送ったと思えるだろうか…。
同じように子どもが「お母さん楽しい人生だったよ」と言ってくれるだろうか…。


もう少し肩の力を抜いて、ゆっくり毎日を過ごすことが出来たら、
自分の性格は変わらないかもしれないけれど、
深く考えたり、人の話の受け取り方が変わるんじゃないかな。
そうすると、いつも元気で明るいお母さんの姿を、
子どもにも見せてあげられるかもしれない。
郁ちゃんは「人生が三回くらいあったらいいのにね」と言っていたよね。
その郁ちゃんの出来なかった人生の続きを、私が引き継ぐつもりだよ。


自分が子どもから離れようと思っていた気持ちから、
「郁ちゃんが見ているから、私が子どもやK(夫)さんの側にいなきゃあ…」
って、今は思えるようになったよ。
郁ちゃんに負けないくらい充実した自分の人生、
家庭にしたいなと思ってるからね。      
 また、会いに行きます。
自分のバカさに気付かせてくれて、私を救ってくれた郁ちゃん  ありがとう!
                             (2005年9月)