生者と死者の語り

花は咲く


「24時間テレビ」で郁代の番組が放送されたことについて、
死んだ人が主人公になり、死はタブーではなくなったように思った・・・
と書いたばかりです。


今日の朝日新聞「文化」面は、
「『花は咲く』にみる生者と死者の語り」
                  〜未来へ向かう優しい希望の涙〜
       山形孝夫(仙台市在住 宗教人類学者)でした。


「大丈夫だよママ、ごめんね、
ずっとママを見守っていくからね」が、
郁代の声に聞こえ、心に沁みました。


・・・・・
東日本大震災から二年たったいま、NHKで流れる「花は咲く」が広く歌われている。
春の甲子園の入場行進曲にも選ばれたという。
東北ゆかりの俳優や歌手が、一本のガーベラの花を手に、
ひとりひとり祈るように歌っている。


後日、DVDを入手して死と生に引き裂かれた愛し合うふたりの、
噴きこぼれるような悲しみの歌であることを知った。
残されたものが歌う。
「叶えたい夢もあった、変わりたい自分もいた。
今はただなつかしい、あの人を思い出す」
不思議なのはそこから先だ。
「誰かの歌が聞こえる」という。
それが誰かを励ましている。
笑顔も見える。
いったい励ましているのは誰なのか。
歌い手は
「花は花は、花は咲く、私は何を残しただろう」
と繰り返し、余韻を残して消えていく。
歌っているのは死者ではないか。


〈解かれたタブー〉
思い起こせば、震災前、
日本中を席巻した「千の風にのって」の主人公も死者だった。
「私のお墓の前で泣かないでください。私はそこにいません」
と歌っていた。
宗教への新しい知の挑戦であるかのように、
テノール歌手の透明な声が響き渡った。


    近代の戦争では戦死者は等しく愛国者として顕彰され、
    死者の無念が語られることはなかった。


私が驚いたのは、そうした「死者の語り」が
「花は咲く」に再び顔を出していることであった。
死者に対するイメージが変化しつつあるのか。


〈声にならない声〉
被災地には、人には明かし得ない無念の思いが、
黒い海の記憶とひとつになって忘却の時を待っている。
生者も死者も待っている。
言いたいことが山ほどある。
「ごめんね、ママが助けてあげられなくてごめんね」
母親たちの声にならない声である。
その呼びかけに答えられるのは誰か。
「大丈夫だよママ、ごめんね、
ずっとママを見守っていくからね」


こうした生者と死者の「語り」が
「花は咲く」にはおおらかに歌いあげられている。
それが涙をさそうのだ。
だがそれは悲しみの涙ではない。
死者とともに未来へ向かう優しい希望の涙のようなのだ。
そこにこの歌の不思議な魅力がある。    (一部省略しました)
・・・・・


2007年8月、『24時間テレビ』のオープニングで放送されました。

郁代のお別れの旅1


郁代のお別れの旅2