必要な時に 必要なことが

全休さん、「宿業は本能なり 5」ありがとうございました。

亡くなる間際の郁代の言葉が思い出されました。

    「やさしい家族、すばらしい家族がいたということに気づいたよ。
    病気になった辛さより、そのことがうれしく有り難いことやわ」

7月18日オーストラリアから見舞いに訪れた恋人に、
私が渡した手紙を読ませてもらったらしく、翌朝に言った言葉です。
手紙とは・・・
『7月10日頃より全く食べられなくなり、14日には腹水700ccほど抜くも限界。
時々の水分点滴だけで体力を維持しています。
今朝は腹水のため張りがひどく苦しそうです。
「ここまでよく辛抱した」
「よくがんばった」
とほめてあげてください。』

    「これまで、お母さん、完璧やったわ。
    必要なもの、必要なことが、いつも直ぐに用意されていたもの…」

家族と病室で食事した最期の夜(8月13日)、
皆が帰り母子二人だけになった時の言葉。                                           

                       「あなたにあえてよかった」より

「宿業は本能なり 5」から

     すでに如来の大悲光明の中に
     宿業を感ぜしめていただいたのである。
     すでに宿業は一つの回心である。
     回心懺悔である。
     だから、宿業は一つの大きな大慈悲心のうちにあって
     しかも大慈悲心を開顕する一つの門である。

                        (曽我量深)

宿業は本能なり 1

宿業は本能なり 2 

宿業は本能なり 3

宿業は本能なり 4 

宿業は本能なり 5

追記
宿業は本能なり 6

仏といつも一緒、心と心が通じあう生活は一人でいても孤独ではない。
それを「感応道交」といいます・・・

全休さん 最終回、ありがとうございました。